夏とスイカと男の胃袋(意味不明)
かつて日本と呼ばれた現在のエリア11は、他のエリアに比べて格段に移住ブリタニア人の数が多いといわれている。
サクラダイトという希少なレアメタルの一大産地であるから企業関係者や研究者、その家族が多いのは確かだ。だがそれよりも多いのは、以前の日本に滞在したことのあるブリタニア人たちだった。国同士の関係が険悪になっていくにつれ一時は本国に戻ったものの、日本がブリタニアに負けてエリアとなり移住者を受け入れるようになると我先に「戻って」きた人々である。
テロ活動が活発な地であり、他のエリアに比べてかなり危険な場所なのだが、それでも一部のブリタニア人をひきつけてやまないもの、それは。
「食事、だな」
ルルーシュは優雅な手つきでスイカにスプーンを突き立てる。しゃくり、という何とも瑞々しい音がうだるような暑さを忘れさせてくれる。
スイカの食べ方の作法としてスプーンなど使わず齧り付くのが正しいと教わったが、室内ではそれも難しい。丁寧に種を取って赤い果肉を口に運ぶ。途端、口の中に広がる水気と甘みに顔がほころんだ。
「ほんとよねー。こちらの果物に慣れちゃうと本国のは食べれないわ」
同感とばかりにミレイが相槌をうてば、リヴァルもシャーリーも忙しなくスプーンを動かしながらうんうんと頷いた。ニーナも控えめに首を縦に振っている。
「本国のは何ていうか、大味なのよね。リンゴもオレンジも大きくて食べ応えがありそうに見えるんだけど」
「コスト重視の大規模生産の弊害ですね。まあそれが悪いとは言いませんが」
食に一言あるミレイとルルーシュをよそに、美味しければ何でもいいじゃん!なリヴァルとシャーリーはしゃくしゃくせっせとスイカを堪能している。ニーナはおっとりと、けれどいつもよりはスプーンの動きが早い。
それもこれもこの夏の暑さのせいだった。
エリア11にははっきりとした四季がある。冬は寒く、夏は暑い。その寒暖差が他のエリアには見られない、季節ごとに移り変わる見事な風景と滋味あふれる旬の食べ物を作り出しているわけだが、そんなもの「風流? 何それ美味しい?」な学生には全く関係がない。ただただ暑いのは我慢ならない。それだけだ。
気温だけを言うならブリタニア本国とそう変わらないのだが、とにかく湿気が多いので茹だるような暑さになる。湿気を取るためにはエアコンをフル稼働させるわけで、そうすると今度は冷えすぎた空調のせいで体調を崩す生徒が続出した。空調にやられなくても暑さのせいで食欲がなくなっているところへ、こってりと重いブリタニアの料理を出されてさらに食欲ダウン。
結果、学園内は夏バテが大流行した。
それを救ったのが、イレブンの郷土食や果物だった。
ルルーシュたちが暮しているゲストハウスに住み込んでいる名誉ブリタニア人のメイドが、寮の料理人に控えめにレシピを見せ、ものは試しにと出してみれば予想外に好評だったらしい。
あっさりとしたそうめんは女子生徒に大絶賛されたようだが、男子生徒、特に体育会系となるとそんなものじゃもの足らない。そんな彼らにはナスとピーマンの肉味噌炒めや豚肉の冷しゃぶサラダをつけてやった。連中にはとにかく肉を食わせてやれば文句は出ない。
イレブンの料理なんかに救われた料理人たちはかなりプライドを傷つけられたらしいが、生徒たちが喜んでいるのなら仕方がない。ならばブリタニア料理でさっぱりしたものをと研究に燃えているらしい。果物は切って出すだけなので敵視はしない。むしろ料理人たちも愛している。
土壌や気候のせいだけでなく、生産者の細やかな気配りで出来上がるイレブン産の果物はそれはもう美味だ。リンゴも梨も桃も水気が多くとにかく甘い。
今、ルルーシュ達が食べているスイカに至っては言うに及ばず。艶々した緑色の球面に走るくっきり黒々とした模様。これは食べごろだとルルーシュは直感した。これが枢木神社にいた頃だったら裏山の沢か井戸水で冷やして食べるところだがここには井戸も沢もない。仕方なく氷水を張ったバケツで冷やした。リヴァルは冷蔵庫で冷やせばいいじゃんとふざけたことを抜かしていたがそんなもの邪道だ。スイカは冷たい水で冷やして外で食べる。それが礼儀なのだ。
―――いかん、暑さでぼけてるな。
ルルーシュは暑さを振り払うように軽く頭を振った。日本に来てもう七年になるがこの暑さには慣れない。
それに、久しぶりのスイカでずいぶん浮かれているらしい。
赤い果肉を口に含めば、後に引かない甘さが口いっぱいに広がる。手間をかけて冷やしただけあって瑞々しさも格別だ。冷蔵庫で冷やしたらこうはならない。
日本の夏の風物詩だったスイカをどこからか調達してきたのは咲世子だった。彼女は名誉ブリタニア人として登録しているが、日本時代の縁は残しているらしい。時々、ゲットーでも売っていない品物をどこからか仕入れてきてはルルーシュを喜ばせている。酸味の強い大粒の梅干しは本当にうれしかった。ゲットーで売っているのは小粒でしかもほのかに甘いのだ。おそらくたまに来るブリタニア人向けに甘くしているんだろうがあんなものは邪道だ。梅干しは酸っぱくあるべし!
「ルルーシュ?」
「なんだ」
「なんか機嫌いい?」
「そう見えるか?」
「おう」
リヴァルは赤い部分を余さず食べきったスイカの皮を名残惜しそうに眺めながら頷いた。その様子がまたルルーシュの気分を向上させる。
戦後、安全のために帰国していたブリタニア人たちが日本での食事が忘れられずに戻ってきたという話をたまに耳にするが、その気持ちはよくわかる。ルルーシュ自身、和食が大好きだ。ふんわりと柔らかい味付けの家庭料理はもちろん、季節の旬の素材を生かした芸術のような懐石料理も素晴らしいと思う。
もともと脂っぽい料理が苦手で、本国で暮らしていた頃から食の細い子供だった。皮肉にも日本に人質という名の留学に来させられて、初めて食事が楽しいと思えるようになったのだ。
あれはきっと、一緒に食事をする存在がいたからだとルルーシュは思う。
必要に駆られて料理を覚えたが、はじめは散々だったものが上達し、ナナリーや友達が喜んでくれるようになると嬉しかった。味見した時はこんなものかと思った品も、誰かと一緒に食べるととても美味しく感じられた。
裏の沢で冷やしたスイカ。友達と並んで齧り付いて種を飛ばした記憶。
夏バテで食欲が落ちていた自分にそっと差し入れられた梅干し。食べ付けない自分でも食べられるようなレシピが添えられていた。一度だけ見たことのあるその字は枢木の家のお手伝いだったか。
おばあさんの皺くちゃな手が差し出された桃。その手は優しく自分の頭を撫でてくれた。
短い夏の間の、幸せだった記憶。
「昔、男を落とすには胃袋を掴めと言っていた奴がいてな」
「はあ?」
「当時は何を寝言言ってるんだこいつはと思ったものだが、まんざら寝言でもなかったなと思っただけだ」
「はあ。‥‥‥ねえところでルルーシュさん」
「なんですかリヴァルさん」
「ルルーシュさんにそれを言ったのは男ですか女ですか」
「男ですね」
「そうですか‥‥‥」
リヴァルはなぜか呻きながら机に突っ伏した。ふと見れば、他の面々も生ぬるい顔で微笑んでおり、ルルーシュはわけがわからず首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「ルルちゃん、お手製のご飯を食べさせる相手は選ばなきゃだめよ」
ミレイが慈愛あふれる微笑みでそう語れば、シャーリーはなぜだかどんよりとした空気を背負って「‥‥‥そうよねルルの方がお料理上手だものね‥‥‥いいの私が働いて稼いでルルにご飯を作ってもらえばナイスアイデア私!」と拳を握りしめている。ニーナは何とも微妙な顔だ。
ルルーシュはしばらく特別な手入れをしているわけでもないのに天使の輪も美しい漆黒の頭の上に???マークをふよふよと漂わせていたが、やがてわけがわからんと考えることをやめた。そして、わずかに残った赤い果肉をしゃくりと口に含んで、ほんのりと微笑んだ。
夏そのもののようだったあの子供は、今どうしているだろう。
ちなみに胃袋をつかめの会話の後のあたり。
「ルルーシュ! 俺、お前の肉じゃが好きだな!」
「そうか」
「い、一生俺に作ってくれないか?! くれるよな!」
「僕に料理人になれと?」
「え、そうじゃなくて」
「だがブリタニアに無事帰れる希望はないか。となれば手に職持つのは悪い生き方じゃない。よし、いいだろう! お前専属の料理人になってやる!」
「‥‥‥‥‥‥ル、」
「もちろんナナリーも一緒だぞ」
「ルルーシュの馬鹿野郎ううううっ!」
「馬鹿とは何だ! 馬鹿と言う方が馬鹿なんだぞ!」
「でも大好きだあああああっ!」