実家の力や皇宮における勢力は比べ物にならないが、リ家の姉妹とヴィ家の兄妹はとてもよく似ている。
姉と妹、兄と妹。
男女の違いはあったけれど、姉は妹を慈しみ、兄は妹を守り、慈しむ。
まるで子猫を守る母猫のように囲い込み、慈しむ姿は微笑ましくもあり、そしてブリタニア皇宮内では異様でもあった。

 

 


「どうしてですか?」
スザクはきょとんと常葉の瞳を瞠った。
18歳の青年のそんな表情は、彼の童顔も相俟って可愛らしく映らないでもないが、首から下の肉体は細身でありながら強靭な力を秘めている。しなやかに見える腕は、その一撃で強化ガラスを粉砕させた。
騎士でありながら戦士である彼に、一年前までは上司であったロイド=アスプルンド伯爵は、んー、と、これまた三十間近とは思えない可愛らしい声を上げた。
「まあ、僕もそんなに皇族方の裏側に詳しいわけじゃないし、もしかしたら表に出せないだけで他に例があるのかもしれないんだけどさぁ」
確か、と前置いて。
「100人を超える后妃方の中で、御子を二人出産されたのは、マリアンヌ后妃と、えーと、名前忘れちゃった。リ家の后妃様だけなんだよねぇ」
「はあ」
よくわかっていない様子のスザクは目を瞬かせるばかりだ。助手であるセシルも皇宮内の事情にはさほど詳しくはないので、同じく不思議そうな顔をしている。
「それがどうかしたんですか?」
「うん、だからね。こんな噂があるんだよね」
「ウワサ」
「そう」
ロイドは、にたりとタチのよくない笑みを浮かべ、
「皇帝は后妃を二度抱かない、ってさ」
「ロイドさん! 不敬です!」
「先帝の話だよー?」
「そうですけど、そんなのルルーシュ陛下のお耳に入ったら!」
「陛下は先帝の悪口だったら食いついて乗ってくれそうだけどなあ」
「いい加減にしないと」
「‥‥‥ごめんなさいぃぃぃぃっ!」
怒れる表情を一転させて、にっこりと優雅に微笑む助手に、ロイドは途端に白旗を上げた。そんな二人のいつものやり取りを、やはりいつものようにアーサーを抱こうとして噛まれていたスザクは、ああ、となにか納得したように頷いた。
「つまり、ロイドさんは皇族方に同腹の兄弟姉妹はありえないと言いたいんですね?」
「ご明察ー。って、いったいよセシル君!」
「痛いように殴っているんです! スザク君まで何を言い出すの! 現にいらっしゃるじゃない!」
リ家の姉妹とヴィ家の兄妹は間違いなく同腹だ。数も定かではない兄弟達は、そろって父親に似ることなく、母親の貴族的な美しい姿を受け継いでいる。その中でも、リ家の姉妹は性情はどうあれ姿は非常によく似て際立って美しく、またヴィ家の兄は当時から女であれば傾国になっただろうと噂されるほどの美貌を誇り、妹は小さな花のような可愛らしさをもっていた。
姉は妹を慈しみ、兄は妹を守る。
美しいその姿は、しかしだからこそ、あの宮廷内でロイドには異様に映ったのだ。
そして囁かれる、タチのよくない噂。
「母親が同じでも、父親が同じとは限らないよねぇ」
「ロイドさん!」
殴っても止まらない揶揄に、セシルの声はついに悲鳴になった。そんなことをあの潔癖なルルーシュ陛下に聞かれたら。
「いい線だな」
不意に、美しい声が割り込んできた。
まだ聞きなれないけれど、一度耳にしたら忘れられない、心地のいい声だった。姿が際立って綺麗だと声もそうなるのねと、セシルは軽く現実から逃避する。
「あはー、やっぱり? そうなんだぁ?」
少女が主人公の幻想小説にでてくる大きな猫のように笑ったロイドは、興味深そうにモニタールームに入ってきた99代皇帝を見やる。おそらく、歴代の皇帝の中で最も美しい、年若い悪逆皇帝。
それに対し、皇帝は微笑むだけだ。否定も肯定もしない。ただ微笑む。
彼はよく微笑む。それは敵に対して向ける冷たさを含ませたものであったり、部下に向ける温かさを滲ませたものであったり。しかし今の微笑みは、何故か見ているこちらの胸を突いて。
セシルは、はっとスザクを見た。
スザクのもともとの主はユーフェミアだ。虐殺皇女の名を抱かされた彼女は、今の話の中に出ている。よくはない意味で。そのことで、彼がまた皇帝に対して刃を向けたら。
だが、しかし。
スザクの反応は、セシルの予想を大きく裏切った。
「そうかなあとは思ってたけど」
スザクは、ぽつりと呟いた。
「ほう? 何故だ?」
「んー、なんとなく?」
「おまえのなんとなくは怖い。理屈や経緯をすっ飛ばしてるくせに99%の確立で正解を見つける」
野生の勘というには過ぎるほどの的中率は、すでに神がかっていると言っていい。
「‥‥‥コーネリアの、ユフィに対する愛情がさ、ちょっと度を過ぎているような気がして、君とナナリーを見てきてたから皇族方ってそういうものなのかなと思ってたんだけど」
ある日、感じたのだとスザクは呟く。
「血が違うって、何でか思った」
同じ母親なのに。間違いなく姉妹なのに。
なのに、血が違う。彼女達は同じではない。
「そう思ったんだ」
困ったように首を傾げるスザクに、むしろこちらが困っているといわんばかりに皇帝はため息をついた。
「‥‥‥つくづくスザクだな」
「なにそれ」
「そんなこと本人達の前で言わなかっただろうな」
「そこまで空気読めなくありません。ユフィが傷つくじゃないか」
そっちですか。
この瞬間、その場にいた三人の心の声はひとつになった。
「で、そうなんですか? 陛下」
空気を読めない二人目は、果敢に皇帝に食らいつくが、彼は変わらず美しく微笑するだけ。

 


「それは秘密です」


 

 


「あ、しまった」
美しい皇帝の一際美しい微笑に、さすがのロイドも一瞬飲み込まれ、はっと気付いた時には皇帝もその騎士もとうにその姿は消えていた。
「聞きそびれちゃったなあ」
「‥‥‥何をですか」
心底残念がっているロイドに、まだ魅了の衝撃から立ち直っていないセシルは熱い頬に手を当てながら、力なくロイドに目を向けた。
「ナナリー殿下はどうなんですか、って」

 

 

 

中途半端だけどここでおしまい。
あとで改稿するかもです。
以下、ちょっと長い考察と蛇足です。


実際問題、100人も后妃がいたら、印象薄くて顔も忘れる后妃もいるだろうし、病気とかで死ぬ人もいるだろうし、そうなれば新しい后妃がまた入ってきて、一人の后妃に通うことって難しいんじゃ?と思いまして。思い出すように巡っていたんだろうけど、一人や二人は不義の子とかいそうじゃないですか。でも子供があんだけいれば別に自分の子供じゃなくても別に気にしないとか。
コーネリアのユフィへの溺愛は同腹しか信用できないからだろうけど、実は皇帝の血を引いていない皇族でもない妹だから、ということで。スザクはユフィがユフィだから忠誠を誓っていたので、皇女でなくても気にしていなかった。後で皇女でないユフィとでは理想は叶えられないと気付くんだけど。
マリアンヌ様はおそらくシャルルパパ最愛の人なのでナナリーは間違いなくシャルルの子供だろうけど、あの奔放なマリアンヌ様のことだからシュナイゼルあたりと一度や二度寝ててもおかしくないな、とか。もしくはビスマルクのおっ様。
これの裏設定で、ナナリーが生まれて初めてルルーシュに見せた時、シャルルもその場にいて、「ほら、ルルーシュ、あなたの妹で姪っ子よ。シャルル、あなたの孫娘よ。可愛いでしょ」と悪びれもせずに見せたり。