とある日の京都 神楽耶様vs桐原老


 

皇神楽耶は日本の頂点に立つ天皇家の唯一の姫である。
天照大神の裔よ不可侵の高貴なる血筋よと崇め奉られた結果の近親婚の繰り返しの為か、天皇家の主筋である皇には現在神楽耶以外に十代の者は存在しない。従姉弟同士の両親から生まれたのは神楽耶一人、皇后である母がもう子を望めない体である以上、これから先もそれは変わらない。
だけでなく、本来主筋を盛り立てるはずの宮家でも神楽耶に近い年の者はいない有様で、ここにきてようやく宮内庁も青くなった。

どうすんよ旦那になれる奴がいねえぞ。
んなこと俺に言ってどうするよおまえ考えろよ長官だろ。
馬鹿いえおらあただの宮仕えで決定権なんざ鼻くそほどもねえんだよどうすんだよえ?妖怪六家。
京都六家だよぼけたんか爺。

などというやり取りがあったかどうかは知れないが、とりあえず責任という名のバトンは京都六家という集合体へ、そこからさらにその六家の筆頭である桐原公という個人へと押し付けられた次第だった。


「と、いうわけで」
「嫌ですv」
「‥‥‥まだ何も言っておりませぬ。神楽耶様」
「あら、桐原のお爺様のおっしゃりたいことがわからぬ神楽耶とお思いですか? 真の孫のように可愛がってくださりましたお爺様のこと、この神楽耶、押入れの奥に隠されている奥方様に内緒で買った狩野派の掛け軸だって知っておりますのに」
「今度屋敷に仕える者の再調査を命じる事と致しましょう」
「無駄と思いますがそれで気が済むのでしたらよろしいでしょう。ちなみに奥方様もご存知ですわよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥道理で最近食事の量が減ったと」
「あら、お爺様の御身体を心配してのことではありませんか。素晴らしい内助の功。この神楽耶、見習いたいと思います」
「‥‥‥では、神楽耶様」
「ですから嫌ですとv」
皇神楽耶は、まさに天照もかくやといわんばかりの輝かしくも神々しい微笑を浮かべた。
「ちなみに何がそれほど嫌なのですか。具体的にお聞かせください」
「何から何までv」
「即答ですかあああっ?!」
「だって嫌なんですもん★」
「相手がですか顔ですか年齢ですか立場ですかそれとも年収ですかっ! 顔は整形すればいいし年収は勤め先を変えさせればいいし地位なんざいくらでもくれてやれます! 年齢はどうしようもありませんけどね!!!!」

ちなみに。
この時点で桐原公、輝く頭頂部まで真っ赤だった。それはもう真っ赤だった。この場に料理人が一人でも言えば、おそらく幾通りかの料理法に思いを馳せていたことだろう。
そんな茹蛸。

対して、若干15歳にしてすでに女性天皇の呼び名も高い神楽耶は、それはもういい笑顔で返した。
「だから全部v」

「‥‥‥くっ‥‥‥」
桐原公はついに畳に手を付いた。ほとんど土下座に近い体勢の中、それでも日本政財界の大妖怪の名は伊達ではなく。
「‥‥‥ではっ、具体的にどのような者をお望みですかっ?!」
突破口のつもりで口にした。
とはいえ、皇神楽耶の夫選びである。なまじな者では周囲も国民も納得しない。桐原公を筆頭に京都六家が選びに選んだのは三名。宮家から降嫁した姫君たちが嫁ぎ先で産んだ男子であったり、またはその孫。だがその三名も血統という点ではるかに劣る。

‥‥‥実を言えば。
一人だけ、血統といい年齢といい男ぶりといい、文句なしの男子が存在する。少し血が近いかもしれないが、神楽耶と並べばそれはもうため息しか出ないほど映える。
の、だが。
京都六家は、早々にその男子を除外した。つか話題にも出さなかった。一番に思い出したのはその少年というか青年であるというのに、もう見なかった思い出さなかった知らなかったと凄い勢いで格下連中からチョイスしていったのである。ちなみにその六家の中に男子の本家も入ってたりするのだが気にしてはいけない。

しかし、未来の女性天皇どころか現段階ですでに少女天皇と言ってもいい神楽耶様は、そんな老い先短い年寄りたちの砕けやすくなっている心臓を慮ることはしないで下さった。
いっそ見事なほど。

「そんなの枢木のお兄様以外にいらっしゃいませんわv」
「却下ああああああっっっ!!!」

が、そんなの桐原公は予測済みだった。速攻で叩き落した。
神楽耶はぷうっと頬を膨らませる。
「まあ、何故ですの?」
「ちっ、血が近すぎます!」
「矛盾してますわね。その血の近しい者を必死に探した結果がこのいけてない夫リストなのではありませんか?」
「それはそうですが!」
「元より、私と枢木のお兄様は生まれた時からの許婚。七年前のあの時勢の折に解消されてしまいましたが、私は枢木のお兄様を忘れた日はありません」
「嘘おっしゃい」
うっとりと夢見る少女の面持ちで語る神楽耶に、あーもーどうしようもねーなーと開き直り始めた妖怪爺は、主筋の姫に対して胡乱な眼差しを向けた。
「正確には、枢木の家に居候している元皇子を、でございましょう」
「‥‥‥‥‥‥うふv」
「うふv じゃありませんっ! 駄目です!」
「まあ何故ですの?! 枢木のお兄様と結婚となれば、皇の血も薄まるどころか濃くなり、元とはいえ総理の子息、国民の支持も得られましょう! ついでに私はルル兄様といっしょにいられてなんてパラダイス!」
「だから駄目ですって!」
「何故!」
「あんなガチホモ論外に決まってるだろおおおおっ?!」
「まあ」
神楽耶はしんなりと眉を顰めた。
「それは違いますわ、お爺様。枢木のお兄様はホモなんじゃなくてルル兄様限定のホモです」
大きな違いですわよ。
真面目な顔で訂正する少女天皇。
威厳すら感じられるその姿に、桐原公の意識はついに限界を迎えた。
つまり。
ブラックアウト。


後日、専属医によく血管切れませんでしたねーと感心され。
元凶である主筋の姫からは「よく休め」と労いの言葉をいただき。
さらに、とある由緒ある神社の奥の土蔵に居候している某皇子殿下からは、見舞いと称した一筆と甘さ控えめの塩大福が届けられた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
一口大の塩大福を頬張りながら、また腕を上げたなとしみじみ思う桐原公であった。

 

(追伸:よく噛んでから飲み込んでください。詰まらせても責任取りません)

 

 

神楽耶様大好きです! なのに…口調が未だ掴めない…桐原公も…