一目ぼれなんて、夢見がちな女の幻想。
そんなことを考えていた自分(当時十二歳)、ちょっと
校舎裏まで顔貸せ。
思うに、当時の僕は嫌なガキだったのだ。
大人が言うところの扱いにくいガキって奴だ。
世の中のいろんなことを知ったつもりになって、こんなもんなんだと勝手に白けて斜めに構えて。
もちろんそんなガキが出来上がるのになにもなかったわけじゃない。倫理規定に引っかかるようなことがそりゃあもう山ほどあった。当時の僕が経験したあれこれを洗いざらい喋ったら、実刑を食らう人間は一人や二人じゃ利かなかっただろう。実行犯だけじゃなく黒幕も含めたらもう二、三人増えたかもしれない。
その頃の僕は、周囲の大人が自分に何を望んでいるか理解していた。理解しすぎていた。
小さな頃は持ち前の体力と運動神経を駆使した手のつけられない悪ガキだったけど、どんなに暴れようが反抗しようが何も変わらないのだと気付かされてからは大人しくするようにした。
嫌だと叫んでも僕は枢木の跡取りだし、冗談じゃないと顔を背けても神楽耶は許婚だ。結婚して子供を作るのが当たり前。それが僕の価値だと言い切られちゃね、さすがに反抗する気もなくなるってものだ。
それからの僕は周囲が口出ししない程度に遊ぶようになった。文句は言わせない。その代わり、僕の価値とやらが生かされる日がきたら勤めを果たしてやろうと、そんな風に。
だけど。
ああ、だけど。
こんな日が来るなんて、思いもしなかったんだ。
待ち合わせ場所を公園にしたのは相手の方だった。
僕はどこでもよかったんだけど、友達に見つかると五月蝿いからと言うのだから仕方がない。というか、公園の方が人目に付くんじゃないのか? その時の彼女の笑顔が妙に意味ありげだったから、本音は誰かに見られたいんだろうな。
自慢じゃないが、僕は見た目のいいほうだと思う。
茶色のくせっ毛はどうしようもないけど、童顔に似合ってていいとよく言われる。父親はいつも眉間にシワを寄せている強面だが、僕は幸い母親に似て優しげなんだそうだ。
純日本人なのに翠色の瞳とか(死んだ母さんの名誉のためにも言うけど、母方の従妹である神楽耶も同じ翠の瞳だから、父親以外と間違いがあったとかではない。断じて!)、顔立ちのわりに鍛えられた体とか、女の子がちょっと誰かに自慢できる姿をしていると思う。
だから、アクセサリー代わりに友達に見せびらかすなんてことは今までもあったことだ。正直面倒くさいけど、まあそれで気持ちのいい思いをさせてもらえるんなら安いものだ。
そんなことを考えながら携帯をチェックして、足元に寄ってくる鳩を爪先をちょいちょいっと動かしてからかいつつ、ふと顔を上げる。
そして。
僕は、見たのだ。
黒のビキニを。
「じゃねえだろ!」
セルフ突っ込みをする僕の目の前で、ふわりと、白い布が重力にしたがって元の位置に戻る。
八月の風の悪戯。柔らかそうな純白の生地に負けないくらい、真っ白な足だった。白いだけじゃなくて、ほっそりと綺麗な足だった。
なのに、パンツは黒のビキニ。
その色彩のギャップに目の前がくらくらした僕は、そのままぼけーっとしていたらしい。我に返ったのは、顔に冷たいものがバシャッとかけられてからだ。
「つめたっ?!」
水をかけられたのだと気付いて、僕は条件反射で頭を振った。それから犯人を睨みつけようとして、でも。
「すけべ」
珊瑚色の唇を小さく尖らせて。
艶々した葡萄のような紫色の瞳を真っ直ぐに向けられて。
真っ白なワンピース。ちょっとクラシカルというか、裾は二の足を覆うほどの長さなのに、抑えは肩紐だけで細い肩から腕まで剥き出しだ。
夏らしい装いだけどどこか上品で、街中の公園よりも高原の別荘地の方が似合うと思った。腰まで届く黒髪を細い三つ編みにしているから尚更。
しかもだ。
――――すっごい美少女。
美人も美少女も、正直見慣れている。だけど、その少女は僕が今まで見てきたどの少女よりも綺麗で、とにかく綺麗で。
それなのに。
「黒のビキニなんだ‥‥‥」
なんだろう。このやっちゃった感。
理想と現実のギャップ?
いやでもイチゴ柄のリボンの付いたパンティとかじゃないだけよかったのかな。でもこのワンピースだったら白いレースがいいよなあどう考えても。もちろんごてごてしたそうレースとかじゃなくて、もっとこう、清楚な。
「おまえ、確か十二歳じゃなかったか? 枢木スザク。なんでそんな年寄り臭いんだ」
「年寄り臭いってなんだよ。コーディネイトってあるだろ。‥‥‥なんで僕の名前」
眉を顰めると、少女はふんっと肩を竦めた。
黒子ひとつない、真っ白な肩。
あれ?と僕はここでようやく気付いた。
日本人でもめったにない黒い髪。けれど、艶々した葡萄みたいな紫の瞳と、東洋人にはありえない新雪のように白い肌。
‥‥‥ブリタニア人だ。
「枢木の家から連絡が入っていたはずだが、無視してただろう。枢木の総領息子は鉄砲玉と聞いていたが本当らしい」
「おまえ、誰?」
さすがに不愉快になってきて、今度こそきつく睨みつける。けれど少女は堪えた様子もなく、優雅にワンピースの裾を捌いて、僕の前に立つ。僕より目線が上だ。腹立たしい。
「はじめまして、枢木スザク」
少女は、珊瑚の唇で詠うように言葉を紡ぐ。
「私は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
噴水を背に、艶やかに微笑み。
「おまえの新しいお母さんだ」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「はああああああああっ?!」
「というのは冗談でただの居候だ」
少女は男前にびっと掌を立てて、一気に魂の抜けた僕に向かってしばらくよろしくと笑った。
これが、ルルーシュとの出会い。